高校生ぐらいにかけては不安定な時期

学校へ転校していく

知能テストは、回答がかしか判定できないようになっていますので、その基準がちがっていたのでは、結果に大きく影響してきます。テストとか検査というものには、どれにもこのような不安定さがあるのです。ですから、一般に行われている知能テストの多くは、検査する人が未熟であったり、判定に誤りがあるとみてよいでしよう今、私と共同の仕事をしている優秀な医学生は、小学校入学前の知能テストを受けて精神薄弱児のための特殊学級に行った方がよい、その方がこのお子さんのためだとすすめられたそうです。
子どもでそれなりにわたしの生活態度を見

お父さんがそんなはずはないと頑張って普通学級に入れたところ三年生ごろより頭角を現し始めたということです。知的発達の速度にも個人差があり、早くからいわゆる知能の良さを示す子どもと、おくれて発達する子どもがあるのです。そこで、せめて幼児期のテストは、知能テストと言わずに、精神発達テストと呼び、その時々の発達の状態を示すものであって、それをもって知能というべきではないとすべきで
すそれ故、幼児に対するテストは、知能そのもののテストとは言えないのです。もし能テストなどと言っている人があれば、幼児の本質をよく知らない人といってもよいでしょう。その指数についても、知能指数IQとは言わずに発達指数DQと言わなくてはならないのです小学校では、入学する前に知能テストというのをやり、その後、二、四、六年生のときにテストを行うようになっています。

先生に提案します。


先生は学業

このようなテストは、集団知能テストといわれているもので、その結果をどれほど信頼してよいのか、しばしば判断に困るような例が少なくありません。とくに、入学前の知能テストと称して行われているものは、専門家でない人がテストをしたりしていますから、不安定な要素を含んでいます数年前、ある相談所に行ったところ、十五、六歳の男の子が、その受付のところで大声で騒いでいました。その顔と話し方を見聞きしたとき、私は、自閉性のある子どもではないかと直観したのですそこで、相談所の方に
どういう子どもですか?ときいてみますと、重度精神薄弱児ですという答が返ってきました。その子どもが小学校に入学する前のテストで、重度精神薄弱と判定されたのが、今日までその子どもにつきまとっていたのでした。なぜそのように判定したかといいますと、テストに応じようとせずに、ふらふらと歩き回ったからで、テスト不能であったことをもって、重度な精神薄弱児としてしまったというのです。そこで私は、何かこの子によい点はないでしょうか?ときいてみますと、
人の名前はすぐに記憶してしまうということでした。
子どもが闘争を知らずに育つ現代

子供の心が不安定になるもとではないでしょうか。

思わず「それが重度精薄なのですか?ときき返したのですが、そういう判定になっています」という答でありました。最初に貼られたレッテルが、このように長期間に亘って貼られっ放しであるのは、実に恐ろしいことだと感じましたわたその子どもについて母親から詳細に生活史をきき、その子どものよさを引き出してみますと、たくさんによさが発見されました。自閉性のある子どもでしたので、教育の仕方によっては、普通の子どもよりも伸びる面のあることがわかったのです。
このように考えてきますと、知能テストと呼ばれているテストの結果については、疑いをもってよいのです。文部省の判定基準においても、知能テストは参考にすると記されています。参考というのは、もっとほかの試みをすることが本道であることを意味しています。


中学生ぐらいから大人までいろいろです

小学校から帰ってきたとき

ほかのことというのは、子どもとよく遊んだりつき合ったりして、観察を充分にすること、および、いろいろと教育的な働きかけをしてみて、どのような変化が起きるかをよく見るということです。これを、私は、
教育的観点に立った子どもの見方と言っています。知能テストでは見つけることのできないよさを発見する努力であります。
記憶力だけでは頭の良さははかれない頭がよいということで、もう一つ手がかりとなるのは、記憶力のよさですA君は、二歳頃からもの覚えがよく、テレビのコマーシャルなどはすぐ覚えてしまいましたし、平仮名も読めるという子どもでした。鉛筆とノートを持って幼稚園に行くと言い出したので三歳から幼稚園に入園させたそうです。そして、先生の言うことをよくきき、何でもすぐに覚えるよい子として、幼稚園の先生から保証されたそうですし、小学校に入ってからもとくによくできる子として、先生からはいつも申し分がないと言われていたそうです。
学校でもお父さん

子供のことはいつ


父親はもう少し我慢させないのか。

ところが中学校に入学すると間もなく学習意欲を失い、成績が落ち始め、ついに登校拒否になってしまいました
この子どもについては、記憶のよさは確かにあったでしょう。そして、学校でのテストの多くが、記憶のよさを測定するものでありますから、成績は抜群ということになり、その点にしか目を向けていない多くの教師は、その子を優秀な子どもと評価しましたし、記憶のよさに目がくらんでいた両親もまた、頭のいい子として満足し切っていたのです。

  • 子どもであればしかし果してそうでしょうか。
  • 勉強のことを口に出します。
  • 父親の言葉を活かす向田邦子さんの著書を読む