母親が考えても不思議ではない。

子どもの悪ふざけがちょっと強すぎるのでした。

お母さんは恐縮しながら、そう言えば、わたしも学校のとき算数·数学ができなかったし、親の何とかが子にむくいたのかしら、と思って帰ってくる。
生れつき、算数ができないんだわ、あの子、とお母さんは、それからずっと考え込んでいる。あきらめるよりほかないのか。何とかならないものか。親ならそう思うのは当然だろう。何とかならないことはないのである。生れつきだとあきらめるのは間違っている。
小学校1年生でできない子は、生れつき頭が悪い、ときめてしまう。勉強しはじめてすくから成績が不振であれば、それまでの実績はないのだから、生れつきの素質にしてしま学校の先生にもそういう誤解をしている人があるくらいだから、理はない。
家庭でそう思うのも無小学校へ入るまえに、実は、もう六年間の教育を受けているのである。先生はお母さん。

子供に語りかけました。

ところが、このお母さんが、先生であるという自覚がまったくない。
外国では、母親は最初で最高の教師という考えは半ば常識化している。どうして、わが国ではそういう考えが広まらないのだろうか。
教育ママということばがある。
本当に教
育するママのことではない。
学校の家庭科でみそしるのつくり方を教える。みそしるは案外うまくできないもの。うまいみそしるのつくり方を教えるのは有益である。しかし、こどもをどう教え育てたらいいのか。そういうこどもにとっての最初で最高の先生になる心構えをつくることは、はるかに大切であるみそしるができそこなっても、笑ってすますことができる。最愛のわが子の教育に失敗したら、とりかえしがつかない。学校ではおそすぎる。幼稚園でもおそすぎる。どうしても母親の膝の上の学校で大事な三つ子の魂をつくらなくてはならない。それは死ぬまで変らない。

 

伸ばすための原動力にもなることがある。

もちろん三つ子の魂の中には頭のよさもふくまれている。
昔は年寄がコーチについていた。口うるさくはあるが、一度、経験しているから、なかなか知恵をもっている。なれない新米のお母さん先生が老コーチにどれだけ助けられたか知れない。ところが、パパ抜きニューファミリーになって、コーチもいなくなってしまった。孤立無援、無経験、無資格、無自覚、無知識の母親だとしたら賢い子など育てられるわけがない。
果たせるかな、小学校の授業について行けない子がわんさと出てきた。世間ではこれを落ちこぼれだという。人間を落ちこぼれた稲穂のように言う大人の無神経さが母親の教育の深刻な問題を見落とさせているのである。
勉強にはある程度これが必要です。

両親の布団を敷き

わが子をりっぱにすることはできる。ただし、学校ではおそすぎる。問題は母親だ。
生れたばかりの赤ちゃん。言葉を知っているものはない。まず最初で最大の教育はこの赤ん坊にどういう言葉を教えるかである。
語をしゃべるようになる日本人の子でも英語ばかりきかせていれば、英いくら体だけ大きくなっても、知恵がつかなくては人間として失格である。知恵は何でつけるのか。言葉にきまっている。体は母乳で大きくなる。心の方は言葉で育って行くその言葉は母乳に匹敵するようなはたらきをする。たびたびくりかえして恐縮だが、私はそれを母乳語という名で呼んでいる。お母さんはこの母乳語の先生でなくてはならない。それをご存じなくて、赤ん坊を生んでしまう母親がいかに多いことか赤ん坊が言葉を覚えるのは、繰り返し聞くことによる。お母さんは、赤ちゃんがわかろうとわかるまいと、とにかく赤ちゃんにたえず話しかけていなくてはいけない。先生だから、それくらいのことは我慢する。
だいたい女性がおしゃべりにできているのは、赤ん坊の言葉の先生になるための素質として大切だからである。

母さんが席を立つという

先生が口をきいてくれなくては教材不足赤ちゃんは覚えようにも覚えられない。それではいけないと神様は、あらかじめ女性をおしゃべりになさっただから、おしゃべりの才能は誇っていい。ただ他人の棚おろしなどだけに使うのは、の摂理にそむくということを考えなくてはならない。
神母親は目に見えるもの、赤ん坊のしていることについて、ワンワンがきましたね
おむつをかえましょうね
おはながきれいですね
おとうさんのおかえりですよ
いちいち、言葉を出すあまり考えなくてもいい。

中学二年目がピークと言われてい

いじめなどごく自然にしゃべっているだけで母乳語になる。
方言など遠慮するに及ばない。
むしろ、適当に方言がまじった方が、あたたか味があってよろしい。
もちろん赤ん坊は字を知らない文字で見ないとわからぬような言葉は母乳語として有効ではない。仮名で書いてわかるような言葉を使う心掛けはいる
最近は女性の教育水準が高くなった。結構なことである。喜んでよい。
困ったことは、母乳語の先生としてはその高い教育がじゃまになる点だただ、ひとつ、学校では難しい漢字の羅列の本を読まされる。そういう若い女性がお母さんになるとどうしても、漢字の言葉を多く使いやすい。赤ん坊にとって役に立たない母乳語になる。
それにひきかえ、昔の母親は教育がないと言って嘆いた。難しい言葉は使いたくとも知らない。それが赤ん坊にとってありがたい。


いじめなど いじめなど 父親を求めているのにいかに頼りない