母から長い廊下を追いまわ

子どもたちはその点不幸なのです今

ですから、子どもにまかせることが意味をもってきます。一、二週間はごたごたしていますが、次第に自分で日課を考え始めます。九時、十時頃に就床しなければ、翌朝にはつらい思いをするという自覚が生じます。勉強の時間も自分で作り始めます。初めは勉強のための時間割が多すぎます。それが実行不可能になると、次には勉強時間をうんと少なくしてしまうかも知れません。多くしたり少なくしたりして自分で工夫をしているうちに自分で自分のペースを見つけ出します。それが軌道にのるのが、無言の行を始めてから六、七カ月です。
まずは無言の行を宣言する無言の行を始める前に、子どもにそのことをきちっと宣言することが必要です。学校を出しました。

子どもは寝る時間。

教育熱心な親でもありました。「これからはお母さんは一切の口出しや手を貸すことをしないから、自分でやってごらん」と言ってきかせます。そして、「もし、うっかり、お母さんが口を出したりしたら、言ってちょうだいね」と依頼しておきます。そうすると、うっかり口を出したりしますと、子どもの側から黙っているって言っただろうと注意をしてくれるものです。ハッとそれに再び気付いて、無言の行は続くことになります。しかし、子どもに注意されると、腹を立ててしまうような未成熟なお母さんもあるのです。
子どもはその優しさにどっぷり浸ってしまいます。

母親の言葉に反したことをしてしまうのでしょう。

子どもを観察してみる
無言の行のおすすめに賛同したお母さんの中に、自分の言いたいことを紙に書いて子ども部屋に貼ったお母さんがあります。まかせるということに対して大きな不安があったからでしょう。このようでは、所期の目的を達することはできないでしょう。文字による干渉というべきです母親から無言の行の話をきかされて、不安になる子どももいます。そして、母親にやってと依存することが多くなる場合があります。小学校三年生以上であれば、自分で考えてやってごらんと、どこまでも子どもにまかせるとよいのです。

母子関係は円満そのものです。

母親は出産したという。
しかし、一、二年生では、母親の口出しや手を貸す部分もあります。どのような部分について援助してよいかには、やはり無言の行を続けなければわからないものであり、個々の例によってちがいますから、母親自身で見つけ出さなければならないでしょう。
子どもの自立を援助するためには、無言の行を続けることです。それによって、の行動に対する責任感が育ち、自分で考える力-自発性が確立するものです。
自分
戸外の遊びを知らない子どもたちギャング·エイジを大切に積極的-というと、すぐに勉強のことを考えるお母さんが少なくないと思います。
教師もまた、学級内での学習態度についてこの言葉を使うかも知れません。
面は、友達との関係や遊びに積極的であることですしかし、大切な友達との関係が積極的になりますと、友達と徒党をなして遊ぶことに熱中するでしょう日曜日などに友達と遊びの約束をしますと、父親がどこかに連れて行ってあげようと提案しても、それを断って、友達のところへ飛んで行くでしょう。このような年齢をギャング·エイジといい、小学校二、三年の頃が最も顕著に現れてきますもし、この年齢で友達ができない子どもは、その後の人生において、本当の友達作りはできにくくなってしまいます。とくに思春期に入って友達がいないことは、悩みを打ち明ける相手がいないために、ノイローゼに陥ったり登校拒否になったり、さまざまな問題行動を起こします。

教育がありますそうはいっても現代では偏差値

高校のようなところ
それらを自分で解決するには多大の努力を必要としますから、なおすのに月日もかかります友達との遊びがさかんになりますと、冒険や探検に出かけます。冒険は塀や木に登った崖を滑りおりたり、お母さんが見ていたら必ずおよしなさいと止めるような種類のものです。探検は、ごみ捨ての山をあさったり、垣根から他人の家にもぐり込んでみたり、他人の家の門についている呼鈴を鳴らしたりすることにも現れてくるでしょう。
このような行動には、スリルがあり、当然大人から叱られることですが、子どもの自発性の発達からみれば非常に望ましいことと言うべきでしょう。そうした悪いことは一切しないという子どもは、すでに大人みたいな心の持ち主になってしまいます。内心では自分もいたずらをしたいと思っているのですが、よい子と評価されたいために、おさえているにすぎないのです。童心の中には、ゆたかに冒険心や探検心が含まれています。それをいかに引き出したらよいでしょうか。
昔は、家庭にいるときや学校でまじめを装っても、学校がひけると、近所の友達と徒党をなして、冒険や探検に出かけましたし、畑やその他の場所を荒らし回ることができました。それによって、家庭や学校で受けた抑圧から解放することができたのです。

母さんといっしょにお店に行く

自然の遊び場を奪われた今の子どもたちは、家庭と学校の間を往復するだけですから、母親と教師から圧力を受けっ放しで、抑圧から解放される場所がないのですそのために、積極的に遊ぶことができずに、戸外での遊びを知らないで成長しています裸足になるのをいやがる子ども私どもは、毎夏六泊七日で、高原の合宿生活を1年生から五年生の子どもたちとしていました。この合宿は、子どもたちの自発性を尊重しますから、ほとんど規則もないし日課も立てていません。しかも、何をしても叱ることがなく、叱らない訓練を受けた大人が引率しますから、伸び伸びと生活できるはずです。すでに三〇年間続けてきましたが、十数年前までは、木登りがさかんでした。木登りもてっぺん近くまで登ろうとしましたし、私どももそれを奨励しました。


子どもはその優しさにどっぷり浸ってしまいます。 子どもはその優しさにどっぷり浸ってしまいます。 子どももきち