教育に対してえらそうな口をきいている経済界も以前

学校にしか入れなかったとすれば

しかし、両親としては、今の学校において適応しなければ、取り残されたり、社会にもうまく受け入れられないのではないかと不安になるでしょう。そして勉強しろ勉強しろと子どものお尻を叩くことになっていると思います。その被害者が子どもです。子どもの人格にはゆがみができて、しばしば世の中を騒がすような事件をさえも引き起こしているのです。うちの子は大丈夫だ!という保証を何によって得ることができるでしょうか。実は、自発性が育っているかどうかにかかっているとさえ言えましょう。自発性を見る目は、子どもの内面を見る目に通じます。子どもが自分自身で考え出した勉強両親にとっては遊びのように見えるに、目を輝かしてしている姿を大切にするし、それを楽しめる両親です。そのような両親は、教師からもっと勉強させてほしいと言われても、うちの子は、もっとよい勉強をしていますと、子どもに代わって言うことができるものです。
母の乳房を知らず哺乳瓶育ちが多いけれど

よく勉強する子どもについて、あれこれと考えてきました。これは、子どもの個性
を見つけ、それを育てる-という大切な教育をもっともっと推進したかったからですその点で、今の教育界には改革すべきたくさんの問題が山のようにあるのです。それらについて、未来に向けてどのようにしたらよいかを、教師も考えなければなりませんし、両親も勉強しなければなりません。そして、子どもが、個性を発揮しながら、毎日の生活を充実して送ることができるようにしたいのです。それが、自発性を育てることに通ずるわけですから、子どもの人格形成にとっても極めて重要な教育と考えているのです。
仮面をかぶった子どもたち子どもの前でまじめくさらずにまじめーということは、どういう行動と心の動きを言うのでしょうか。漢字では、真面目と書きます。広辞苑を引いてみますと、①まごころのこもっている顔つき。真剣な態度。9%で虚飾のないこと。誠実なこと。1となっています。

子どもが自分で台所へ運んでいました。


母さんは今

そして、真面目腐るという言葉が付け加えてあり、まじめな様子をする-と書いてありますまじめーというのは、まじめな様子をすることではありません。まじめくさるときには、顔も目もくさっているのです。いきいきとしていないわけですから、その様子は飾になります。外側だけを飾っている行動です。まじめとは正反対の行動です。
まず、両親や教師が、一日のうちに何回もまじめくさるようなことをしていないかを考えてみなければなりません。ことに子どもの前に出るとまじめくさることが多いのではないでしょうか。
教育に対してえらそうな口をきいている経済界も以前

母親は心を鬼にして

母親のように、あるいは教師のように、子どもといっしょにいる時間が長い場合には、まじめくさることが多くなってしまいます。そのときには、虚飾の連続ということになっています。
両親も教師も、自分の心の扉をそっと開いてみれば、子どもには示したくないような心の動きがたくさんにあるでしょう。子どもが帰って来るまではテレビでよろめきドラマを見ていたお母さんも、玄関に子どもの足音がすると、さっとそれを消して、勉強をまじめにしてきたの?という顔つきで子どもを迎えるでしょう。これも、
まじめくさった虚飾ではないでしょうか。
キャバレーに行ったとき、そこの女の子が、坊さんと先生って、一番エッチよと言ったのには、ハッとさせられたことがあります。
まじめな顔つきは虚飾であって、本音はエッチであることを物語っています。


経験しどん

先生の腹部にそそがれるのである。

そして、聖職と呼ばれるような職についているといつの間にか本音
まごころ
に目を向けることが恐くなり、
まじめくさった心1虚に終始してしまっています。
子どもには、そうした虚飾がないのです。いたずらをする、生活習慣を怠ける、エッチな話をする-などなど、大人から見るとまじめではない姿勢を現します。それが子どもの1です。大人にとっても同じことが言えるのです。それではいけない、もっとよい人間になろう--と思う心さえ育っていれば、いわゆる不まじめなことをくり返しながら、だんだんとまじめになっていくことができます。しかし、一生かかっても、虚飾のないまじめさをもった人間になれるかどうかまじめな人間になるための教育まず、私ども大人の虚飾をとって1な心になるにはどうしたらよいか-というこさもないと、子どもにまじめを考えることとから検討し合ってみる必要があります。
ができず、まじめくさる
ことやくそまじめ
を教えてしまいます。
あるお母さんは、夫の態度が気に入らず、子どもをまじめな人間にしたいと願って
教え込んだのです。
子どもに向けられます。

子どもの心を壊してしまうのですよ。


子ども用の自転車のパンフレットをください!

その結果、友達もできず、高校になってから神経症になってしまいました。本当の友達づき合いをしようと思えば、くそまじめな子どもを除け者にするでしょう。人間としての面白味がないからです。友達のない子どもは、思春期になってから自分の悩みを打ち明ける相手がありません。すでに両親とは時代のずれができていますか
ら相談をする気持にもならず、しかも、大人に「教え込まれただけの人間は自発的に自分の問題を解決するという力が育っていませんから、神経症や心身症におち込んでしまうのです。
そこで、三歳頃から友達と遊ぶ機会を多くし、その中で、いたずらやエッチなことや怠ける態度がちゃんと現れるようにしておく必要があります。それを仕組まなくとも、本来子どもにはそのような活動がありますから、まかしておけばよいのです。

  • 母親になれたと思い込んでいる
  • 育てますあと片づけは代表的
  • 子供たちが読んでいる本の中で一番多い