学校でもお父さん

子どもは夜もう少し早く寝かせてやれませんか。

ですから子どもに安全教育をすれば交通事故から子どもを守れるなどとは誰も考えないでしょうそれなのに、交通安全のための教育と名目がつくと、カリキュラムが作られ、次々と詰め込み主義が行われるようになってしまうのは、まさに、詰め込み主義の教育界の現状を反映しています。そして、そのカリキュラム通りにできたか否かが点検されるのですから、圧力を受けた子どもには、自発性の発達が妨げられています。校庭や教室で交通安全教育を受けて、それができたように見えた子どもも、町の中に放たれれば、全く別の行動をとっていることを充分に知っていなければなりません。
それだからといって交通安全教育をやめようというのではありません。母さんに事情を話す

母親にとっては平穏無事

父親でありたい。もう一度、子どもの側に立って、これまでの形式的な教育を点検してみることの必要性を叫びたいのですまずは大人がルールを守ること子どもに対する安全教育よりも、両親の教育の方がはるかに大切です。両親が、自分自身、交通規則をきちっと守っているかどうか、守れないとすればどこに問題があるのかについて考え合うことが大切です。大人がきちっと守っていれば、それを見て、子どもも守るようになるものですが、大人がそれを守ろうとしていない事情がどこにあるのか
そのような討論から始めるべきでしょう。
ここに、学校と両親とが手を取り合って子どもを交通事故から守る方法が確立されるきっかけが作られると思います。
また、子どもの遊び場の増設を強く行政当局に呼びかける必要があります。都市計画の中で子どもの立場を考えなかった行政の落ち度が、子どもの交通事故につながっています。
教育に対してえらそうな口をきいている経済界も以前

大学の入学試験がネコの目のように変わる。

母親の私の方がすっかりおかしくなっていたようよ。
子どもには、戸外での遊びが必要ですし、そのための安全な遊び場は、子どもの心身の発達にとって不可欠の条件です。失われたものを、子どもに代って取り戻す努力は、いつまでも続けなければならないでしょう。大人を犠牲にしても、未来を背負う子どもたちのためにさらに、子どもが遊びに行く先々に、子どもとともに両親もまた行ってみて下さい。そして危険な場所がないかどうかの点検をしておき、それを見つけたならば、子どもにも注意するとともに、行政当局にも訴える必要があります。そのような危険な箇所は、自分の子どものみでなく、他の子どもも犠牲になる可能性が大きいのです。
無言の行
から自立の心が生まれるちょっと手を貸してしまいそうになるお母さんへ自立ということは、自分ひとりでできる-ということです。

子供の心に焼きつけていってほしい。

中学校付属高等
とくに、生活習慣についてこのことが問題にされるでしょう。お母さん方に、例えば、お子さんは衣服の着脱はひとりでできますか、手洗いはひとりでできますか-と質問してみますと、できるという回答が返ってくることが非常に多いのですが、問題は、お母さんやその他の家族の方々が、口を出したり手を貸したりしないでもできるかどうかにあるのです。
衣服の着脱がひとりでできる-と答えたお母さんがいましたが、見ていますと、子どもが上衣を着るときに袖をなかなか通すことができないと、ちょっと手を貸していました。
これでは、お母さんの手を借りてできたわけです。
そこで、ひとりでできる能力ということと、ひとりでする
自立とを分けて考えてみる必要があります。五歳を過ぎれば、食事をする、排出をする、衣類を着脱する、手洗いをする、うがいをする-などについての技術は、でき上がっているはずです。ですから能力はあると言えましょう。しかし、それらを子どもにまかせてみたときに、つまり、お母さんが黙っていても、ひとりでするかどうか-それが自立しているかどうかとかかわりがあるのです。

子どもに酒を飲ませる

子どものためになる。
生活習慣の自立についてたしかめるためには、黙って見ていることが大切です。私はこれを無言の行と呼んでいます。というのは修行という意味です。お母さんにとっては、目の前の子どもの姿を見ている限りは、何か言いたくなるでしょうが、それをがまんして沈黙しているのですから、非常に辛いことです。ですからと呼んでいるのです黙って見ていると、何もしなくなる子どもがいます。これでは
自立していることにはなりません。ひとりでやっていたように見えても、その背後から声をかける人がいたからやっていたまでのことであって、
自立とは言えないのです。むしろ、お母さんの掛け声があって、他律的に、つまりオートマティックに行動していたにすぎなかったのです。

母親である妻はかえって

言わなければ子どもがしないから、つい言ってしまうようになるのです-と、あたかも子どもが悪いように言うお母さんがあります。子どもが自分からすれば、私は何も言わないでしょう!というお母さんもあります。実は、論理は逆なのです。お母さんが言うから、自分でする気持が起きなくなるのです。その証拠には、無言の行を続けてみると自分でする気持が少しずつ現れ、次第に強くなってきます。そして、遂には、自分で生活習慣を実行するようになります。確実に
自立しますそれには、約一、二カ月かかります。無言の行も、一、二カ月続けてみないと効果がぁりません。無言の行をやってみたがダメだったと言うお母さんが少なくありませんが三、四日でダウンしてしまっており、中には一日だけという方もあります。


教育に対してえらそうな口をきいている経済界も以前 子どもでそれなりにわたしの生活態度を見 高校生ぐらいにかけては不安定な時期