子どもに対して格別

母さんが一言ほめれば

子供のほうが頑として謝ろうとはしませんでした。
子どもは悪い子ーと思い込まされてしまっている

すると母親は、「ママはちゃんと見ていました。お兄さんが先に手を出したのがいけないのです。謝りなさい」
などと言って、上の子に謝罪させようとするでしょうが、これが誤りです。それは、目の前では上の子の方が先に手を出したようでも、少し前に下の子が兄の足を蹴ったということがしばしばあるからですきょうだいはそのような連続性の中で生活しているのです。ですから、裁くこと自体が誤りを犯すことになるのです。どちらかを悪人にしなければならないということは、最も悪い教育です。親だけは、わが子を悪人にしてはなりません。ですから、けんかを裁いてはいけないのです。子どものけんかに親が出る-という愚行はしてはならないのですとくに、年上の子どもをがまんさせようとする両親が多いのは困ったことです。年が上であると、その年齢以上の要求を出したくなるものですが、例えば、兄らしさ·姉らしさが何歳ごろから現れるかを知っていれば、それがはっきりしてくるでしょう。
母さんの声をしっかりと聞き分けている

子どもに自信を持

四歳ごろになると、多少、兄らしさ·姉らしさが現れてきますが、それが強くなるのは、七、八歳です。ところが両親は、ドに子どもができると、上の子にもうお兄さんになったでしょ
と言いきかせます。これは、無理難題を子どもにつきつけているのです。ですから、赤ちゃん返りの行動泣き虫になる、はいはいをする、赤ちゃん言葉を使うをとります。ところが、それもおかしい子などと軽蔑されてしまいますから、抑圧はさらに強くなり、異常行動を現します。一方、下の子の面倒をみたりして、両親からほめられると、ほめられたいばかりに下の子の面倒をみたりするような子どもになり、初めに例示したような姉妹の状態が現れてくるのです。
いやだ!
と言えることの大切さ四歳年下の弟が自閉症といわれる子どもで、家の中でいろいろと手を焼くことが多くとくに兄のものを破ったり壊したりしたのですが、その兄は少しも怒らずによく弟の世話をしたので、母親は本当に助かりますと感謝し、弟も兄の受け入れのよさによって自閉症が次第に少なくなったのでした。

父親の占める位置が高い。

その兄が六年生になったときに、私は初めて会う機会がありました。会ってみると、静かで、言葉も正しく、行儀のよい子どもであり、好感を持ったのですが、ハッとしたのです。それは、紳士の姿であり、子どもらしさが少ないことに気付いたからです。中学に入ってから、何かの爆発が生ずるのではないかと思われ
ましたので、母親にもその点の心配について話しておきました。
案の定、中学二年生のときに、突然といってもよいくらいに、登校拒否が始まりました。
そして、弟に対しては死んじまえ!と言い、両親に対しては
こんなふうにしたのはお前だと言って、暴力をふるいました。しかし、自発性が育ってきますと、自分自身の判断で弟のことを考え、自分なりに母親を援助し始めるようになり、すっかり問題が解決しました。以前とはちがって、いわゆる優等生ではなくなり、いやなことははっきりいやだ!と言えるようになって、にせ物のよい子がとれたのです。
けんかをするのもよい子の条件同様なことが、友達との関係についても言えます。
子どもたちは寂しい思いをするはずです。

母はそんなことを気にしている様子はまったくなく

友達を求めて積極的に遊ぼうとする年齢は三、四歳ですが、それ以後、たびたび友達とけんかをくり返しながら、自己主張の方法や協調して遊ぶ方法を学習していくのですんかをしなければ、それらの方法を学習することはできません。
けとくに、自発性が確立してきますと自己主張も多くなりますから、けんかも多くなります。遊びにも全身を打ち込んでいる子どもは、なかなか友達に譲ることができません。ですから、激しいけんかをします。その意味で、激しくけんかをする子どもがよい子ということができるのです。
このような子どもは、大人が介在しない限り、けんかをしても、またすぐに遊びます。
遊びが充実しているからです。ですから、遊びを見ていますと、けんかの起きる必然性がはっきりとわかってきます。そのように理解することができれば、けんかをしている子どもたちをじっと見守っていることができます。ところが、けんかをする子は悪い子と思っている大人は、すぐに止めようとしたり、裁こうとします。それが、かえって、けんかを助長しているのです。子どものけんかに大人が出るなーということを、固く守りたいものですまして、けんかをしてすり傷や掻き傷を負わされても、
誰がしたの?

いじめの問題の解決
母親に動いてもらうことをあきらめて

学校帰りにあちこち遊んで歩い

母さんたちの会で落ちこぼなどと問いただすような情ない親にはならないように努力しましょう。最近の両親の中には、子どものけがを見るとすぐに相手の家に電話をかけたり、学校へ連絡したりします。このような両親は、きまって過保護です。それが、自分の子どもを精神的虚弱児にしてしまっていることに気付いていないのですそのような親たちに押しまくられて、教師の側でも腰がくだけ、申し訳ありませんでしたと言って謝ったり、けがをさせないようにと真綿で子どもを包んだように過保護に扱っているのも、実に情ない教育状況だというほかはありません。
母親のそうした意識

子どもの力でも比較的簡単に動かせます。

いきいきと活動している子どもは、どうしてもけがをします。よい子には教師が注意をしていても、けががつきものだ!と言ってもよいでしょう。
これは、大人についても言えます。日曜日にテレビを見て暮らしている状態の父親はけがをしません。ところが日曜大工などで活動しますと、切り傷などを負うでしょう。
友達といきいきと遊んでいる子どものけがに、口を出さないような両親になってほしいのです。それが、子どものためなのです。子どもたちのけんかをじっと見守りながら口を出すことのない両親になってほしいと切望します。子どものけんかは、子どもたちに始末をさせるのです。もし、けんかを悪いことのようにして子どもに圧力を加えると、けんかさえもできず、
けんかを忘れた子どもになってしまいます。