子どもに向けられます。

子どもの適性や能力のあり方など

ところが、近頃は、木登りをする子どもが少なくなってしまい、私が手本を示しても、ばかばかしいという顔付きで見ているだけです。
林の中に探検にでかけるのですが、以前の子どもたちはどんどん自分で奥へ入って行き
それを追うのに大変でしたが、近頃の子どもはぞろぞろと私の後をくっついてくるだけでちょっとした草むらもいやがるのですから、探検にはなりません。
自然に恵まれ、思い切って草地をかけ回ることができる場所であるのに、部屋の中にいて、手先の作業をしたがります。戸外の遊びに誘うのがひと仕事のようになりました。何人かの子どもは、テレビがなくてつまらないなどと言います。
草地で裸足になるのをいやがる子どももいます。気持が悪いというのです。大地を裸足で踏みしめた経験がないからです。靴下をはいて、なかなかぬごうとしない子どももいます。文明が、自然と対応する童心を失わせてしまっていることを、しみじみと感じる昨今です。恐らく、日曜日といえば、マイカーでカッコよく遊園地などで遊んでくるだけを教えた結果でしょう。個性をもつ。

子どもは親のそうい

子育てというのはです。遊園地でたくさんのお金を落とし、商売人を喜ばせるだけで、子どもにとって貴重な体験をさせていないのです。
そのような子どもは、山に連れて行き崖を登らせると、はっきりとわかります。どのようにして登ったらよいかがわからずに、ただ四つん這いになっているだけですから、ずるずると滑り落ちるだけです。安全教育に必要な冒険の訓練ができていないのです。
今の子どもたち、とくに都会の子どもたちには、いろいろな機会を見つけて、自然に親しませることを計画しなければなりません。田舎にも刻々と都市化の波が押し寄せていますから、田舎に連れて行こうなどという提案がしにくくなりましたが、そうは言ってもまだたくさんに自然が残っています。
しつけなのです。

子どもの遊び場の中

教育者になっていただきたい。
そうした自然の中で、自然を素材にして遊びを作り出す力こそ、積極性を養い、創造性の芽ばえを養うのに最も適していると思います。そのことに早く気付いて、両親も対策を立てる必要があると思います。
両親の中には、勉強さえしてくれて、よい成績をとってくれればいい-と思っている人が少なくありませんが、遊びを忘れ、仲間作りのできないままに、両親に従って勉強していた子どもが、中学生や高校生、あるいは大学生になってから、学習意欲を失うという、まことに哀れな例がふえているのです。

母さんといっしょに買い物に行った駅前

子ども達もその渦の中で生活しているのです。
子どもにありのままの自分をみせようほんとうの思いやりは何から生まれるか思いやりのある子とは、どのような子どものことを言うのでしょうか。例えば、お母さんが病気のときに、あれこれと心配して、水枕をもってきてくれたりすると、お母さんにしてみると、本当にうれしくて、何と思いやりのある子だろうと感激するにちがいありません。また、お父さんが会社などから帰ってくると、肩をもんだりしてくれますと、お父さんの心もほのぼのと暖かくなるでしょう。
このような思いやりが、子どもの本心から出てくれば、まさによい子と言えるでしょう。しかし、大人にとってもこのような思いやりは、なかなか実現しにくいこと。まして、小学生にとっては、これが本心であるということは、なかなか期待できないのです。

子どもに答えさせたがりますよねえ

子どもはまさに素直に自信がつくのですね。
遊びざかりの子どもは、お母さんが病気であっても、友達と遊ぶことの方に夢中になりがちで、少しは気にしていても、友達から声がかかればその方に気を取られ、あるいは飛び出すかも知れません。実は、発達的に見れば、それが子どもの本心ですでは、どうしてお母さんを感激させるような子どもの姿が現れるのでしょうか。それはお母さんからよい評価を得ることができるからです。誰でも、よい評価を得ることはうれしいことです。その方に努力するのも、人間の一つのあり方です。ですから、一概にそれを責めてはなりませんが、やはり、子どもの本心をも大切にする必要があります。お母さんを見捨てて、友達の誘いに応じることも認めてあげることが大切です。

母親は物知りで能力のあるひとだろうと思う。

さもないと、よい評価を得ることばかりに心を奪われて、童心をごまかす子どもにしてしまう恐れがあるからですある六年生の女の子は、実によく家事を手伝いました。お母さんの感謝の対象でした。
それによって、プレゼントをもらったり、妹と比較してほめられることも多かったのです。
ところが、あるきっかけから、妹とのトラブルが激化しました。その点で、お母さんの評価が変わり、その子が家事をしても、余りほめなくなったのです。その結果はどうでしょう。一切の家事をしなくなってしまったのです。つまり、お母さんからほめられたいばかりに、それによって妹よりも優位に立ちたいばかりに、家事を手伝っていたことがはっきりしてきましたそこで、もう一度、その子どもの童心を取り戻す努力をしました。


しつけなのです。 母から長い廊下を追いまわ 子どもでそれなりにわたしの生活態度を見