子どもが闘争を知らずに育つ現代

子どもは共感に理解してもらったと感じる。

つまり、子どもたちの遊びの中に、ふまじめなことがあったり、エッチな言動があったり、怠けるような行動が見えても、それをじっと見守っている態度が必要です。さらに、それをともに楽しむ」ことができれば、すばらしい母親になるのです。ところが、お母さんは、つい口を出して教訓したくなります。早くまじめを取り戻してもらいたくなります。それが子どもの心の中に虚飾を育ててしまいます。
このことは、とくに教師についても言えることです。
子どもの尻を叩きまくるわけです。

子どもたちに親しまれる教師は虚飾のない教師です。それが一見ふまじめに見えても、なのです。ふまじめをきちんと見つめることから始めて、少しでもまじめになろうと努力する教師の姿勢が、
内面的にまじめな人間の教育です。
その点で、昔から、教育界はまじめくさった人格くそまじめな教師像を要求する傾向がありました。それは、いつの間にか悪い意味での「教師らしさとなり、虚飾に満ち満ちた人格の持ち主にしてしまいました。そのような教師は、子どもを早くきちっとした姿勢にしようとして焦り、にらみをきかすようになります。にらまれるのは嫌ですから、子どもはきちっとし、まじめに行動するようになるかも知れませんが、実は、子どもを嘘つきにしてしまっているのです。

子どもに分かる具体性


教育してみますとふつう

評判のいい先生」の中にはそのような教育があります。その評判は、
まじめくさった両親や教育者から受けているのであって、子ども不在であることがしばしばです。本当に子どもから親しまれる教師は、自分にもふまじめな心があるということを認識している点でまじめであり、それが人間の本心であるという自覚ができています。しかも、そのままではいけない-という自己反省の力も強いのです。
暮らしのしつけ心のしつけ
しつけ!という漢字はです。身を美しくすることです。それは、礼儀や作法を身につけさせることが主眼になっています。そうなると、挨拶をどうさせるか、言葉づかいをどのようにするか、公園や乗物の中でどのような行動をとらせればよいか-ということが問題になりましょう。
あるいは、友達と仲よくさせるためのしつけとか、ついてのしつけもまた問題になりましょう。さらに、勉強させるためのしつけも問題になるでしょう。
母の乳房を知らず哺乳瓶育ちが多いけれど

高校まではとか一応

他人に対して思いやりのある行動にきちっと学習をするという意味でしつけを考える場合に、形式的·外面的な行動を整える面と、内面を育てる面とがあります。形式的にきちっと行動できているよその子どもの姿を見ていると、早く自分の子どももそのようになってほしいと思うでしょう。ところが、そのような子どもには、意外にも内面が育っていないことがあります。一方、しつけが充分になされていないと、他人に迷惑をかける人間になってしまいます。しつけに当たっては、外面も内面も育てることを考えてほしいのです。
そこで、どのようなしつけ方がよいかについて、検討し合ってみることにしましょう。

こんにちはと
さようなら!


教育の基本中の基本です。

伸ばせるのがお片づけなのです。

おじぎは精いっぱいの心を表現するために人前で行儀のよい子どもは、見ていて感じがよいものです。世話が焼けません。いい子ねとほめたくなる子どもです。とくにあいさつは、他人とのコミュニケーションの出発点ともなります。ですから、こんにちはさようならは、子どもが小さい頃から始めるしつけだと考えているお母さんが多いのではないでしょうか。また、食事のときにはきちっと座る-というしつけも、古くから行われてきたしつけです。
私がいろいろと考えを深めるこれらのしつけの中で、とくにおじぎのしつけについて、きっかけとなったエピソードがあります。
その一つは、幼児教育界の柱でもあり、日本のフレーベルと言われた故倉橋惣三先生にお会いしたときのことです。先生はその当時、園長をしておられました。先生の部屋に入りますと、ぽつんと言われたのです。「子どもって面白いですね。
両親があります。

教育論に見られるひとつの進歩


母親はなにがなんだかわからない。

朝会ったときに、園長先生、お早うございますという子もあるし、ちょっと私の腰のあたりをつついていく子もあるし
赤んべえをしている子もあるし、いろいろですな」と言われたのです。
そのときには、そういう事実があるので、当然のこととして聞き流していたのですがだんだん考えてみると、その時々の子どもの精いっぱいの表現を、大切にしなければならないことを教えて下さったことに気付いたのです。それを逆に言えば、子どもは親しみを感じている人には、そのときの発達段階によって、いろいろな表現をとるものだ!ということです。あるいは、園長にていねいにあいさつをした子どもは、ほめられようと思ってやっているまでであって、親しみを感じていないことだってあるのです。

  • 子どもと共有できる
  • 教育方法でもあります。
  • 学校において